大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(ネ)1824号 判決 1996年11月19日

控訴人

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

松田昌士

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

鵜澤秀行

向井千杉

富田美栄子

被控訴人

柳沢正

右訴訟代理人弁護士

白井功一

若月家光

森井利和

角田義一

出牛徹郎

内藤隆

山田謙治

松本淳

采女英幸

藤倉眞

嶋田久夫

右当事者間の処分無効確認等請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用及び上告費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決中、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求を認容した部分を取り消す。

(二)  右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

2  被控訴人

控訴棄却

二  事案の概要

1  被控訴人の請求と審理の経過

本件は、控訴人の従業員であり、国鉄労働組合高崎地方本部(以下「高崎地本」という。)高操支部高崎運転所分会に所属していた被控訴人が、昭和六二年一〇月八日、同分会の組合員が団体交渉を求めて被(ママ)控訴人会社高崎運行部高崎運転所事務室に無断で立ち入り、再三にわたる退去通告にも従わなかった(以下、組合員らがしたこの行為を「本件行為」という。)際に、他の組合員らとともにこれに参加したとの理由で、控訴人から高崎運行部長名で同年一一月二日付けで厳重注意の措置(以下「本件措置」という。)を受けたが、被控訴人は、本件行為に参加していなかったにもかかわらず、本件措置を受けたことにより多大の精神的苦痛を被ったと主張して、控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

原審は、不法行為の成立を認め、控(ママ)訴人の請求を一部認容したが、差戻し前の控訴審(東京高等裁判所平成三年(ネ)第一一四六号)は、被控訴人が本件行為に参加していなかったとの事実を認定することができないとして不法行為の成立を否定し、原判決の控訴人敗訴部分を取り消して請求を棄却した。これに対する上告審(最高裁判所平成四年(オ)第一〇一一号)は、本件措置により被控訴人が損害を被った事実があれば、被控訴人が本件行為に参加した事実の存在が証明されるか、又は控訴人において被控訴人が本件行為に参加したと判断したことに相当の理由があると認められるときでなければ不法行為が成立すると判示して、控訴審判決を破棄し、当審に事件を差し戻した。

2  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決該当欄記載のとおりであるからこれを引用する。

(一)  控訴人

(1) 猪瀬助役及び山崎助役は、それぞれ高崎運転所長を補佐ないし代行し、同運転所の業務全般を管理運営する立場にあり、従業員に対する点呼を行うこと等を通じ、従業員全員の容貌、体型等は十分承知していたものであること、本件行為の参加者は、約三〇分間にわたり、両助役と対峙していたのであるから、両助役には従業員のうち誰が参加しているかを識別するに十分な時間的余裕が存したこと、両助役は、参加者を特定するため、参加者が退室した直後、その氏名等を書き出し、相互に照合を行ったところ、参加者は一三名で、そのうち被控訴人を含む一二名の特定につき認識が一致し、翌朝の確認作業においても同様の結果を得たこと、被控訴人は、身長約一メートル五六センチで、他の従業員に比較して特に小柄であるため、両助役において、被控訴人を他の者と誤認することはあり得ないことであること、被控訴人は、本件措置の告知を受けたとき、他の者と同様、特段の異議を述べることもなかったのであって、このような対応は、行動に参加した(ママ)者の対応としては経験則上考えられないところであること、被控訴人は本件行為に参加した後に高崎地本高操支部青年部常任委員会に出席することも可能であったこと等の諸点に照らせば、被控訴人が本件行為に参加したことは合理的に肯認できるものというべきである。

(2) 両助役の原審証言は、参加者一三名のうち一名の特定ができなかったことを率直に認めた上で被控訴人が参加していたことについては一度も食違いが生じなかったことを明確に述べたものとして、その信用性は積極的に評価すべきものであるのに対し、不法行為に参加したことを否定する被控訴人の陳述書(<証拠略>)や原審供述は、当時の事態の経過を分単位で説明するもので詳細に過ぎ、かえって信用性に乏しいものというべきである。

(二)  被控訴人

(1) 控訴人の主張は争う。

(2) 控訴人において、被控訴人が本件行為に参加したものと判断したことに相当の理由があったものとはいえない。

すなわち、本件措置は、結局のところ、猪瀬、山崎両助役の報告ないし両名に対する事情聴取だけに基づいて発令されたものである。しかし、両助役が本件行為の参加者を確認した時期・方法、両助役の参加者に対する認識の程度、現に一名については両助役の認識に食違いが生じている事実、本件行為に参加していることが明らかな山本博につき参加をしていたとの認識を欠いていること等によれば、他の参加者についても誤認する可能性のあることは十分予測できたにもかかわらず、控訴人は、他の有効な手段をとることなく、漫然と両助役の報告を鵜呑みにしたものである。また、その後、高崎地本と被(ママ)控訴人高崎運行部との団体交渉の席で、高崎地本側から被控訴人の本件行為不参加を理由とする本件措置撤回の申入れがされ、高崎運行部は、再調査を約束したのに、単に両助役に確認を求めただけで、被控訴人本人に対する事情聴取をすることもなく、本件措置を維持したものである。

三  当裁判所の判断

1  事実関係

(一)  本件行為及び本件措置について

昭和六二年一〇月八日午後六時過ぎ頃、控訴人の従業員である高崎地本高操支部高崎運転所分会の分会員によって本件行為がされたこと、同年一一月二日、控訴人によって被控訴人に対し本件措置がされたことは、いずれも当事者間に争いがない。その具体的内容は、原判決三枚目裏一二行目(本誌六〇三号<以下同じ>85頁4段21行目)から同四枚目裏一〇行目(86頁2段1行目)までに記載されたとおりであるから、これを引用する。

(二)  被控訴人の本件行為への参加について

(1) 控訴人は、本件行為に被控訴人が参加していたと主張し、(証拠略)(その体裁からみて、本件行為の当日か翌日に猪瀬助役によって作成されたと推認されるメモ)、(証拠略)(本件措置発令に関する控訴人の稟議書。その別紙として添付された現認書は猪瀬助役が、<証拠略>をもとに作成したものと推認される。)、(人証略)の証言はこれに沿う。

(2) 他方、被控訴人は、当日は、午後六時三〇分から高崎駅から徒歩五、六分の距離にある国鉄労働会館で開かれた高崎地本高操支部青年部拡大常任委員会に常任委員として出席するため、同僚の高橋徹とともに、勤務時間終了後直接右会場に赴いたものであって、本件行為には参加していない、と主張し、被控訴人作成の陳述書(<証拠略>)、原審における被控訴人本人の供述をはじめ、これに沿う多数の証拠(<証拠略>[本件行為時の参加者位置図]、<証拠略>[参加者坂庭稔の陳述書]、<証拠略>[同生方千平の陳述書]、<証拠略>[同田中道宏の陳述書]、<証拠略>[同今井誠の陳述書]、<証拠略>[同山本博の陳述書]、<証拠略>[被控訴人と行動をともにしたという高橋徹の陳述書]、<証拠略>[当日の国労会館会議室使用許可申請書]、<証拠略>[当日の右会議室使用領収書]、<証拠略>[当日の拡大常任委員会の議事内容を示す書面]、<証拠略>[高崎支部常任委員名簿]、<証拠略>[被控訴人の手帳]、<証拠略>[国労高崎運転所班交渉経過と題する書面]、原審における相原告<人証略>の供述)が存在する。

(3) まず、(1)に掲げた証拠は、本件行為の参加者の人数は、被控訴人を含め合計一三名であって、うち一二名は氏名を特定できるが、最後の一名については両助役の認識が一致しなかったというものである。そして、両助役は、日頃の点呼等を通じて被控訴人と面識を有していたと認められること、当日の本件行為の状況を撮影した写真と認められる(証拠略)によると、両助役と参加者との間には若干の距離が置かれており、両者が対峙していた時間が約三〇分あったことを考慮すると、両助役が被控訴人を現認することは一般的には可能な状況にあったものということができること、両助役は、参加者が退室した直後に、それぞれ、参加者の氏名、人数について自己の認識をメモ等によって明確にし(なお、当日、両助役が、相互に認識を確認しあったかどうかについては、両者の証言は一致していない。)、翌朝、それぞれの認識を確認しあったところ、参加者の中に被控訴人が含まれていることについては認識の一致をみたものであること等からみると、両助役としては、本件行為に被控訴人が参加していたことを確信していることは明らかであり、しかも、一三名の参加者のうち両者の認識が一致しなかったものについては不明としている点など真摯な供述態度も窺われるのであって、以上を総合すると、これらの証拠は、それなりの証拠価値を有するものと評価できる。

しかしながら、他方、(2)に掲げた証拠は、当日の本件行為の参加者は、合計一七名であって、その中に被控訴人は含まれていないとするものであり(前記の陳述書のほか、本件行為に参加した者の陳述書として、<証拠略>と合計一七名分の陳述書が提出されている。)、また、当日の被控訴人の行動について、右証拠のうち、被控訴人の陳述書及び原審供述は、「被控訴人、高橋徹及び山本博は、いずれも高崎支部青年部常任委員であったため、前記の常任委員会に出席する必要があった。被控訴人及び高橋徹は、一七時八分の勤務時間終了後、同時四〇分頃、勤務場所を徒歩で出発し、同時四七分頃、最寄りの西上正六バス停に着き、一八時頃、遅れてきた一七時五三分を予定時刻とするバスに乗って一八時一二分頃高崎駅西口に着き、同所で食事をした後、同時二五分頃会場の国労会館に着いた。同時三〇分に前記常任委員会が始まり、被控訴人も担当者として報告した。山本博は、本件行為に参加したが途中で退場し、バイクで常任委員会会場に赴き、同時四〇分遅れて到着した。常任委員会は一五分ほどで終了したが、被控訴人らは、引き続き行われた高崎地本熊谷支部青年部結成準備会に出席した。同二一時頃、右準備会は終了したが、被控訴人の靴が見当たらなかったため、帰りが遅れ、高崎駅二一時四四分発の下り列車で帰宅した。」と具体的かつ詳細に述べるものであって、山本博の陳述書(<証拠略>)及び高橋徹の陳述書(<証拠略>)ともよく符合しており、また、前記常任委員会が定時に開催された旨を明らかにする証拠もあることを考慮すると、これらの証拠にも相当の証拠価値があることを否定することはできない。

(4) そこで、両者の証拠の証拠価値を比較検討する。

a 証拠(<証拠・人証略>)によると、本件行為が行われている間、多数の組合員に対し猪瀬、山崎の両助役が対峙し、約三〇分にわたって間断なく押し問答が繰り返されていたこと、山崎は、その間、電話を受けたり、所用のため、一時事務室の外へ出たこともあることが認められるから、前記の一般的状況にかかわらず、現実的には、両助役が本件行為の参加者一人一人を全て特定して認識することは容易でなかったものと推認される。現に、前記のとおり、両助役は本件行為の参加者は一三名であると認識していたのに対し、両助役が参加者と認識した者以外の者を含め一七名から本件行為に参加したとして陳述書が提出されているのであり、これらの者がことさら虚偽の事実を述べていると疑うべき証拠は見当たらないし、特に、両助役が、本件行為に参加していないと認識していた山本博が、本件行為に参加したことは、証拠(同人が<証拠略>の写真に写っている。)に照らし、明らかである。したがって、両助役が、不明な点は不明と認めるなど真摯な態度で供述していることを考慮に入れても、両助役が、参加者を誤認した可能性のあることを否定することはできないものというべきである。このことは、両助役が本件行為に参加していると確信している被控訴人についても同様であって、被控訴人の身長が他の者より低いという特徴があったからといって、この可能性が否定されるものとはいいがたい(被控訴人が、発言する等、本件行為について目立った行動をしたわけでないことは、両助役とも認めている。)。

b これに対し、被控訴人の前記供述は、当日の行動を分単位で説明する点で詳細に過ぎると評する余地はあるが、当日の行動を具体的に想起し、相応する時刻を当てはめていったもので、それなりの誤差を含んだものとして評価すれば足りるのであるから、その基本的な証拠価値を損なうものとみることは適当ではない(なお、<証拠略>は、当日のバスの運行状況については遅延もなく異常はなかったとのバス会社作成の報告書面であるが、被控訴人の供述が前記のとおりに理解できる以上、この書証が被控訴人の供述の信用性を大きく減殺するものとまではいえない。)。また、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被控訴人は、本件措置の告知を受けた際、告知の場にいた高崎運転所長、猪瀬助役らに対し、現認者と現認時間を尋ねたものの、本件行為の現場にいなかった等本件措置に対し積極的な異議を述べなかったことを認めることができ、このことは、被控訴人の行動として不自然であり、被控訴人の供述の信用性を疑わせるものとみられないではないが、この点につき、被控訴人は、原審において、本件措置には納得できない旨を述べた上で、現認者及び現認時間を確認したものであり、それ以上の積極的異議を述べなかったのは、本件措置の告知を受けるため待機中、同席していた組合役員に対応を相談したところ、高崎地本に報告する必要があるから、告知の際には、とりあえず、現認者と現認時間を確認しておくよう指示を受けたためであると供述するところ、このような行為は、当時の状況下における組合員の行為として必ずしも理解できないものではないとみることができるから、右の供述が不自然であって、被控訴人の供述の証拠価値を減殺するとまでいうことは相当でない。更に、被控訴人が本件行為に参加した後に前記常任委員会に出席した可能性のあることを示唆する証拠は一切見当たらない。

c 以上の検討によれば、控(ママ)訴人主張に沿う前記(2)の証拠の証拠価値は、同(1)の証拠のそれに比して明らかに優越しており、したがって、(2)の証拠を排して、(1)の証拠を採用すべきであるということはできない。

(5) 結局、被控訴人が本件行為に参加していたとの控訴人の主張事実については、これに沿う前記(1)の証拠は、同(2)の証拠に照らして、直ちには採用することができず、他にこれを認めるべき証拠はないから、立証があったということはできない。

(三)  被控訴人が本件行為に参加したと判断したことの相当性の有無

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の高崎運行部長は、猪瀬、山崎両助役からの書面報告及び同人らに対する事情聴取の結果のみに基づいて被控訴人に対する本件措置をすることを決定したものであって、その決定に際し、被控訴人の弁解を聴く機会は設けなかったこと、また、本件措置告知後の昭和六二年一一月二六日に実施された団体交渉の席において、組合側から、被控訴人は当日前記常任委員会に出席したため本件行為に参加していないと具体的事実を指摘して本件措置撤回の要求がされたのに対し、再調査することを約したにもかかわらず、両助役に事実の確認を求めただけで、被控訴人本人に対する調査も、前記常任委員会実施の有無に関する調査も行わず、本件措置を維持したものであることが認められる。

当時の状況から客観的に判断すると、本件行為参加者についての両助役の認識の正確性には吟味の余地があり、事実誤認の恐れがあったことの否定できないことは、両助役の供述を内容とする前記証拠について説示したところが同様に妥当するものというべきである。ところが、控訴人(具体的には高崎運行部長)は、このように正確性に疑問のある両助役の報告のみに基づいて、他に被控訴人から事情を聴取する等の必要な調査をすることなく本件措置を決定したものである。

したがって、当時、控訴人高崎運行部長において、被控訴人が本件行為に参加したものと判断したことに相当の理由があったものと認めることはできないものというべきである。

2  本件措置と不法行為の成否

原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴人に対してされた本件措置のような厳重注意の措置は、就業規則等に規定がなく、それ自体としては直接的な法律効果を生じさせるものではないが、実際上、懲戒処分や訓告に至らない更に軽微な措置として、将来を戒めるために書面をもって発令されているものであり、人事管理台帳及び社員管理台帳に記載されるものであることを認めることができる。

そうすると、右厳重注意の措置は、企業秩序の維持、回復を目的とする指導監督上の措置と考えられるが、一種の制裁的行為であって、これを受けた者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害するものとして、その者の法的利益を侵害する性質の行為であると解される。したがって、当該措置を執ったことを相当とすべき根拠事実の存在が証明されるか、又は控訴人において右の事実があると判断したことに相当の理由があると認められない限り、その者に対する不法行為が成立するものと解するのが相当である。

そして、以上に説示したところによれば、被控訴人が本件行為に参加したことについては証明がなく、また、控訴人において、被控訴人が本件行為に参加したものと判断したことに相当の理由があったものと認めることはできないものであるから、被控訴人に対する不法行為が成立するものというべきである。

3  損害

原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件措置を受けたことによって、精神的損害を受けたものと認めることができるところ、本件に顕れた事実関係及び一切の事情を斟酌すると、これを癒すためには、二〇万円の慰謝料の支払いをもって償うのが相当である。

4  右によれば、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求は、慰謝料二〇万円及びこれに対する本件措置の日(不法行為の日)から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がないものというべきである。

四  結論

以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求を右の限度で認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 淺生重機 裁判官 田中壯太)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例